怪物はささやく
怪物はささやく

大切な人の死は、後悔をつれてくる。

じぶんの、もう短いとは言えなくなってきた時間の積み重ねのなかの実感だ。
突然の別れでも、じわじわと予感させる別れでも。
取り返しのつかないこと。もっとできたはずのこと。そんな気持ちが喪失の悲しみの影に隠れてやってくる。
それが自分の未熟さのためか、不誠実さからだと思えばまた、それは心に沈む重いかたまりになって消えぬままだ。

この物語の主人公は13才。母と二人で暮らしている。
去年の春、母が重い病気にかかっていることがわかってから、ともだちも先生もまるで腫れ物に触れるような、不自然な生活。「かわいそうな子」という優しさの檻に息苦しさを感じる主人公のもとに、夜中、怪物があらわれるようになる。イチイの木の姿をした恐ろしげな怪物は一体なんの目的であらわれるのか。主人公になにをさせようとしているのかー。

主人公はこの恐ろしげな怪物がちっとも怖くない。もっと怖い怪物は毎晩自分の夢にでてくるから。自分の中に、いるから。
夏休みの読書感想文を書くための全国課題図書では中学生向けとしてセレクトもされているこの本。
中学生には少し早いのではないかと感じもしたのだけれど、そんなこともない、と思い直す。
じぶんのなかのある矛盾に苦しさを感じるには十分な年齢だ。
もし幼いながらに、理不尽に身近にやってくる死に向かわなければなかった子供がいれば、その怒りや後悔を受け止めてくれる。
読んだときはよくわからなくても、この本の記憶がいつかの未来に助けてくれるかもしれない。
大人にとっても、きっと同じだ。

こういうものは物語でなくてはかけないのだ、と思う。
やさしい誰かが自分のために紡いだ言葉だったとしても、つらいどうにもならない心を鎮めたり癒したりできないことはあって、そんなときにひとり読む物語の世界は、誰とも重なりあわない自分だけの世界で、自分にしか効かない処方箋をだしてくれる。

感想文を書かなくてもいい。誰にも感想を伝えなくてもいい、この本を読んでただ本棚にしまってくれたら。
いいな、と思います。

かいぶつよりも怖いもの。「怪物はささやく」パトリック・ネス

2012年8月13日 00:12.
投稿者:マキ
カテゴリー:よむよむ
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